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真面目なノート

こまめにその日の進捗などをメモしておく。

四月になってしまった。B4に、なってしまった。

勉強

神学

近・現代

今までに学んでいた歴史区分と同様に近代という時代を定義するのは難しいことであるが、多くの歴史家たちが用いている「近代」とは18世紀の初め以降、西欧思想の多くに共通する非常に目立った特色のことを指している。
近代の発展は19世紀と20世紀の神学においては非常に重要である。そこで、この時代の知的問題にとって支配的である啓蒙主義から分析を始めることにする。

啓蒙主義

啓蒙主義という言葉は曖昧な定義であるが、1720年から1780年までの時期において特徴的であった一連の思想や態度が含まれている。
例としては個人や社会を抑圧している(と啓蒙主義者たちが見なしていた)古い神話を打破するために、個人の理性を自由に、建設的に用いるような運動などが挙げられる。しかし啓蒙主義運動全体に何かしら共通のものがあるとすれば、それは考えの内容よりも考え方にあるだろう。理性の能力の強調が啓蒙主義の決定的な特徴であると言える。

16世紀の宗教改革が、外的形態や信仰の表現方法の面で教会に改革を求めたのに対して、啓蒙主義キリスト教自体の知的信用性を問題に挙げた。啓蒙主義により宗教の合理的起源を明らかにすることが求められるようになったのはキリスト教に対してかなりの否定的な意味を持つことになる。

啓蒙主義プロテスタンティズム

啓蒙主義の影響を大きく受けたのはプロテスタント神学である。その理由としては、以下の4つが考えられる。

  1. プロテスタント教会が制度面で比較的に弱かったこと。
    プロテスタントの根本を特徴づけていた創造的自由の精神が個々のプロテスタントに対して思想的自由を許すことになった。

  2. プロテスタンティズムの本性そのもの。
    プロテスタンティズムの本性がなんであるかについては議論の余地があるが、「改革される教会は常に自分自身を改革する」というプロテスタンティズムの原理が啓蒙主義の理想と共鳴した。

  3. プロテスタンティズムと大学の関係。 ドイツのルター派と改革派は大学の神学部を作ったが、これによってドイツの大学のプロテスタント神学者啓蒙主義が手を結ぶようになった。

  4. 啓蒙主義の影響の地域的差異。
    啓蒙主義は決して同時発生的な統一ある運動では無かった。プロテスタントの影響が強い土地においては啓蒙主義の影響が強かった。

啓蒙主義によるキリスト教神学批判 --概略

伝統的キリスト教への啓蒙主義の批判は人間理性の万能に基づいており、その展開には多くの段階が認められる。

  1. キリスト教信仰は合理的であって、批判的検証に耐えうるという主張。
  2. キリスト教の基本思想は合理的であって、理性そのものから導き出されたという主張。
  3. 啓示を判断する理性の能力の肯定。

また、啓蒙主義は地域によって確立時期に差があるが、啓蒙主義の確立と敬虔主義の興隆の前後関係によっては啓蒙主義の宗教への影響を弱めることもあった。

啓蒙主義によるキリスト教神学批判 --具体的な諸問題
奇跡の可能性

伝統的なキリスト教弁証学の多くは、イエス・キリストの存在や意義を論じるときに「奇跡の証拠」に依存していたが、ニュートン主義的な懐疑主義(今日の直接的経験に矛盾するような過去の人間の証言は十分な信憑性を持たないという考え方)が広まると、伝統的キリスト教はキリストの神性の教理を奇跡以外のもので根拠づけなければならなくなった。
しかしながら、当時はそのようなことは不可能であると考えられており、奇跡の証拠を主張しているような他の宗教も同様に啓蒙主義の槍玉に挙げられた。

啓示の概念

多くのキリスト教神学者たちは自然的な神知識の獲得には超自然的な啓示が必要不可欠であるとしたが、人間理性の能力を信頼する啓蒙主義はこれに対して批判的な態度をとった。

原罪の教理

ヴォルテールやジャン=ジャック・ルソーなどが、原罪の概念は人間の能力に対する悲観主義を助長し、社会的政治的発展を阻害するとして批判した。
原罪の否定は、原罪からの解放というキリスト教の教義の根本にも関わる重大なものであった。
啓蒙主義にとっては、人間は原罪の縄目から解放されるのではなく、原罪という思想の抑圧から人間の知性が解放されるべきなのであった。

悪の問題

悪の実在がキリスト教的世界観を根底から揺るがすものであるとみなされるようになった。

聖書の地位と解釈

聖書は神から与えられた書物であるのか否か。
啓蒙主義神学者たちにとって聖書は多くの人びとの手によって記されたものであり、多くの矛盾を内包している、ただの一つの文献であった。

イエス・キリストの存在と意義

ひとつ目の問題は、実在したイエスと聖書上の彼の乖離である。理神論とドイツの啓蒙主義は、新約聖書の描く超自然的な救済の担い手の背後には、単なる人間道徳の教師としてのイエスが存在すると考えた。
ふたつ目の問題はイエスの死の意義についてである。「イエスの復活は神が人類の罪を許すことを可能にする方法である」という考え方は原罪の理論にもとづいており、啓蒙主義の立場からは受け入れがたかった。

啓蒙主義以降の神学運動
ロマン主義

18世紀の終わり頃になると合理主義の不毛さへの不満が表されるようになってきた。ロマン主義の特徴をあえて述べるならば、それは実在を人間の理性による合理的な単純さに縛り付けてしまうことに対する不満にあった。彼らは理性の限界を超えて、無限の世界に触れるものとして想像力を尊んだ。
ノヴァーリスの影響の下、ロマン主義は人間の「感情(Gefuehl)」について2つの公理を展開する。
第一にロマン主義が人間の内側を見つめる時、それは人間の感情を、感情の中にある「あらゆる神秘への道(ノヴァーリス)」を見つめている。
第二に、「感情」は無限で永遠なものに向けられており、高次の世界への鍵となる。

ロマン主義は合理主義に批判されたキリスト教の要素を非常に肯定的に受け止めた。曰く、合理主義は伝統的にキリスト教信仰が支え、満たしてきた人間の真の要求に応えることはできない。これは結局、合理主義は人間が常に抱く人格的欲求や意味の意識に対して、宗教に代わるものを提供できなかったということである。
この、合理主義への失望感と人間の「感情」の新たな評価という点で、フリードリヒ・ダニエル・エルンスト・シュライエルマッハーの貢献を捉えることが出来る。

マルクス主義

近代において現れた、おそらく最も重要な世界観の一つである。
マルクス主義の基本は唯物論であり、人間の思想・観念は物質的な現実への応答である。思想や信仰の体型は一つの非常に明確な社会的・経済的な状況への応答であり、この状況が根底から変えられることになれば、状況が生み出し、支えていた信仰の諸体系もともに過ぎ去ることになる。

マルクス主義の思想によれば宗教の世界は現実の世界の反映に過ぎず、人間がそれを信じるのは経済的疎外の故に過ぎない。共産主義によって非疎外的な経済・社会環境が作られるならば、宗教の必要もなくなると考えた。この考え方は、ふさわしく修正された方法で現代神学に流れこむことになる。
後に取り上げる解放の神学はマルクス主義の洞察に積極的に依存している。

自由主義プロテスタンティズム

神学に関して自由主義という言葉は「シュライエルマッハーとティリッヒの伝統に属する神学者で、同時代の文化に対する応答によって信仰を再構築することに関心を寄せている者」に用いられると考えるのが恐らく最も実際に即している。 自由主義は合理主義的な価値観の下で受け入れられ難い教理などを現代的に再構築し、同時代の文化に受容可能な形で言い換えようとしたのである。

モダニズム

今までのその他の用語同様、モダニズムというのもとても大雑把な言い方で、ある共通の方法を持っているとか、独特の学派が存在するということを考えてはならないが、モダニズムは多くの点で啓蒙主義カトリック教会内での見解との折衝の試みと見ることができる。

新正統主義

人間の価値を強調する自由主義は第一次戦争という悲劇によってその力を弱めた。キリスト教を神中心から人間中心にしてしまった自由主義に対する反対運動として出現したのが、神の「他者性」を強調することによって人間中心の考えを廃しようとした新正統主義である。

新正統主義に対しては多くの点で批判がある。特に重要なのは以下の3つのものである。

  1. 神の他者性の強調によって神は遠くて、潜在的に無益なものと見られてしまう。
  2. 神の啓示にのみ基づくという主張には循環性が有る。
  3. 新生党主義は他宗教に惹かれる人々の助けになるような応答をしない。
ローマ・カトリック

ローマ・カトリックプロテスタントが支配的な地域にあって自分を弁護する必要があったため、創造性の欠如した論争的な神学を求めていた。そのため、しばらくは神学的な考察に値しない時期が続く。
大きな刷新の兆しは第二次世界大戦後に見られた。最も重要な主題のひとつはカトリックの持つ教父と中世の遺産の復興である。
また、カール・ラーナーの「神学の探求」という書籍は神学に対する非体系的な生き方が一貫した神学の構想を生み出しうる方法を明らかにしている。

フェミニズム(女性神学)

フェミニズムはかつて女性解放運動と呼ばれていたことからもわかるように、その本質は解放運動であり、それは特にそのための障害の除去によって成し遂げられる。
フェミニズムキリスト教と対決することになるのは、宗教が女性を低次の存在として扱っていると考えられているからである。とはいえ、多くの場合フェミニズムキリスト教に対してそこまで敵対的というわけではなく、フェミニストたちはキリスト教の歴史の形成に対して女性がどれだけの貢献をなしたか、という主張を通じて女性を賞賛し、認知した。

フェミニズム神学で重要なのは以下の領域における進歩である。

  1. 神の男性性の批判。
  2. 罪の本性。高慢・野心・うぬぼれなどの罪は本質的に男性的であるとした。
  3. キリストの人格。イエスが男性であることの問題。
ポストモダニズム

ポストモダニズム相対主義多元主義的な姿勢を真理の問題に対して見せるのであり、固定された絶対の意味という価値観の終わりを予感させる。
「意味」という考えそのものに解釈を押し付けるファイズム的な傾向があるとするポストモダニズムにおいては、聖書解釈に対する問題提起や、 組織神学の存在意義に対しての強い問題提起が行われた。